名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)186号 判決 1971年11月11日
原告 三和実業株式会社
右訴訟代理人弁護士 福田宗也
同 田畑宏
被告 雪印乳業株式会社
右訴訟代理人弁護士 佐治良三
同 加藤保三
同 後藤昭樹
同 服部豊
右佐治良三復代理人弁護士 水野正信
同 高橋貞夫
主文
被告は原告に対して金五〇〇万円及びこれに対する昭和四三年一月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
<全部省略>
理由
一、被告会社が乳製品の製造販売を業とするものであることは当事者間に争いがなく、<証拠>によると原告会社は繊維製品の販売及び貨物自動車運送業を業とするものであることが認められ他に右認定に反する証拠はない。
二、原告は昭和三九年三月頃原被告会社間で被告会社の乳製品を原告会社が継続的に配送することを内容とする契約が成立した旨を主張し、被告はこれを争うのでまずこの点について審案する。
(一)<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
1.被告会社は昭和三三年頃名古屋市に東海事業所を設立して、同所において市乳等の生産を開始し、愛知県、岐阜県、三重県の各県下に市乳を配送することになった。そしてその当時は訴外山一運輸株式会社が右の配送業務を請負っていたが、昭和三四年九月の伊勢湾台風の後、道路事情が悪化し、右訴外会社による配送のみでは十分に市乳の配送ができなくなったのである。そこでその頃被告会社東海事業所に作業衣等を納入していた原告会社に対しても市乳等の配送を請負わせることになった。そしてその後右訴外会社が倒産する昭和三九年二月頃まで右訴外会社が七、原告会社が三の割合で被告会社の製品を配送し続けてきたのである。
2.右の配送は、被告会社が原告会社から車輛を賃借するという方法と、原告会社から運転手とともに車輛を傭うという方法及び被告会社が原告会社に対して必要に応じて個別的に配送させるという方法がとられていた。そして右の車輛の賃貸借又は傭車契約は期間は一年ないし二年であり、当該自動車が被告会社の製品を輸送できるものであるかぎり、右の契約期間は更新されていたのである。また右の個別的な配送業務にもとづく原告会社の被告に対する配送料金の請求はあらかじめ一カ月間に走行する基本キロ数とこれに対応する料金が定められており、右の基本キロ数を超過して当該自動車が稼働した場合にはその超過キロ数に応じて計算した料金を原告会社が被告会社に対して請求することになっていた。また右以外に個別的に配送契約を締結して一カ月分毎にまとめて一回々々を特定して原告会社が被告会社からその料金の支払を受ける場合もあった。
3.しかして右の被告会社の製品を運搬するトラツクは側面に被告会社のマークを入れた特殊なコンテーナーをつけたトラツクであり、右のトラツクの購入はすべて原告会社の負担においてなされていたのである。
4.ところで昭和三九年二月頃被告会社の商品の七割を配送していた訴外山一運輸株式会社が事実上倒産した。そして右会社の従業員の間で小林商事有限会社が組織され、同会社において被告会社の製品の商品の運送を担当するようになった。しかるところ、被告会社は同年四月頃自己の製品の配送業務を行う者を確実にその支配下におく目的をもって、訴外小林商事有限会社の従業員を母体とし、被告会社において資本のほとんど全額を出資し、役員も被告会社の関係者で構成したところの名雪運輸株式会社を設立し、爾後は、同会社が被告会社の製品の配送を引受けることになった。
しかし同会社は法人格は被告会社と別会社ではあるが、被告会社東海事業所の配送部のようなものであった。
5.一方原告会社は昭和三九年二月頃被告会社の山岡正義のすゝめもあって、被告会社の製品の配送用のコンテナートラツク(外装等は前記山岡の指示によってなされたもの)七台(五トン車五台、二トン車二台)を計金一三八五万円で購入し、原告会社の被告会社の製品を配送するトラツクは計一三台(五トン車一〇台、二トン車三台)になったのである。そして右のトラツクは被告会社の製品の輸送用にのみ使用することができ、他の目的に使用できないものであった。
更に原告会社は昭和三九年八月頃被告会社のすゝめで被告会社の製品のみを運送することを目的とした貨物自動車運送事業の限定免許の申請書を愛知県陸運事務所に対して提出し、その頃その免許を取得した。右の申請にあたって原告会社は被告会社から右の免許が取得できた場合には年間牛乳四、八〇〇トン、その他の被告会社の製品を原告会社が配送できる旨の証明書(甲第一号証中の昭和三九年二月一七日付の証明書)の交付を受け、右の証明書を右の申請書に添付して、右官庁に提出したのである。
6.更に昭和三九年八月四日、被告会社はその販売店である常滑販売店(経営者園田久)に対する回収不能な売掛代金債権を有していたところ、同販売店がニツサンプリンス販売株式会社から買受け未払の月賦金が金二九万五、〇〇〇円ある二トン貨物自動車を金六〇万円で原告会社に買わせ、その月賦残金を原告会社において支払わせることとして、被告会社は右販売店に対する前記債権を回収したのである。
7.しかし訴外名雪運輸株式会社(実質的には被告会社東海事業所の配送部)は昭和三九年頃から料金の比較的低廉な白ナンバートラツクと配送契約を結び原告会社に対して請負わせる被告会社の製品の配送量を減少させ、昭和四一年三月には全く右の配送をさせないようになったのである。
以上の事実が認められる<省略>。
(二)以上の認定事実にもとづき原告の主張の当否について考えてみよう。
1.まず被告会社はその製品である市乳等を配送するために常に一定の輸送用トラツクを確保しておくことが必要であったと考えられる。しかし被告会社の製品の性質上夏期と冬期においては、需要に大きな差があることがたやすく推認されるから、常に最も需要の多い時の輸送用トラツクを確保しておくということは無駄なことであるので、需要の少ない時を基準にして必要なトラツクを確保しておき、需要が多くなるに従い、適宜トラツクを配置する方法をとつていたものということができる。
2.次に原告会社と被告会社のトラツクの賃貸借契約はおゝむね一年ないし二年の期間でなされていたのであるが、特段の事情のないかぎり、自動的に更新されていたのであり、また原告会社は被告会社の製品についての個々的な配送業務も継続的になされていたのである。
そうであればこそ、原告会社のような零細な企業であっても、被告会社の製品を輸送する目的にのみ使用でき、他の目的には使用できないトラツクを自己の負担で購入したものであり、更に右の車輛の購入について被告会社の責任者の指示があったのであるから、原告会社としては引き続き自己のトラツクを被告会社に使用してもらえると考えたとしても、それは原告会社の一方的な予想にすぎないときめつけることはできないと考えられる。
3.次に証人平野忠は甲第一号証中の前記証明書は形式的なものであっていわばめくら判を押したものであるにすぎず、それだけの数量の製品を原告会社に輸送されるという趣旨のものではない旨を述べている。
しかし被告会社は、わが国において有数の乳製品の製造販売業者であることは当裁判所に明らかなところであるに反し、原告会社はきわめて零細な企業であるにすぎないことは弁論の全趣旨により明白である。
そして原告会社が被告会社の製品のみを輸送する目的で貨物自動車運送事業(限定)免許を取得しようとして、被告会社から右の証明書の交付を受けたものである以上、ことは原告会社が右の免許を取得できるか否かにかゝっているものであるから、前記の証人平野忠の証言はとうてい採用することができないものといわなければならない。
したがって右の証明書が交付された頃(昭和三九年二月一七日頃)、原告会社と被告会社間に被告会社は原告会社に対して原告会社が運送事業免許を取得した場合には、将来において引きつゞき少くとも右の証明書に記載された数量(牛乳四、八〇〇トン、乳製品一六〇トン、冷菓一、二〇〇トン等)の製品を期限の定めなく輸送させる旨の契約が成立したものと推認するのが相当である。
4.更に原告会社が昭和三九年八月四日に被告会社の常滑販売店に対する不良債権の回収について、被告会社に対して協力をしたということは、被告会社において原告会社に今後も継続して製品の配送をさせるという信頼関係が当事者間にあったことによるものといわざるを得ない。
(三)以上の認定判断によると、昭和三九年二月頃原告会社と被告会社間で被告会社が原告会社のトラツクを一年ないし二年の期間で賃借し、あるいは運転手付で傭車して、原告会社に被告会社の製品を配送させ、特段の事情のないかぎり、右の期間は更新されていくこと、及び期限の定めなく継続的に被告会社が原告会社に対して被告会社の製品を配送させることを内容とする契約が成立したものと推認するのが相当である。
そして被告会社が原告会社に対して昭和四一年三月から全くその製品の配送をさせなくなったものであるが、右の被告会社の行為は、右の認定判断によれば期間の定めのない右の継続的配送契約を解約した趣旨であると解するのが相当である。
(四)しかして原告会社は被告会社の製品を輸送するために運送事業免許を取得し、更に多額の費用で他の目的に使用できないトラックを購入していたものである。
このように被告会社の製品の配送を請負った者が相当の金銭的出捐等をしたときは、期間の定めのないときといえども配送をさせる者において相当の予告期間を設けるとか、または相当の損失を補償しないかぎり、配送業務を行う者に著しい不信行為または右の契約関係を継続しがたい重大な事由のない限り、配送をさせる者は一方的に解約できないものと解すべきである。何となれば右のような契約は期間の定めのないときであっても、その性質上長期間にわたり(本件においては原告会社は被告会社の製品の配送業務を昭和三四年九月頃から同四一年二月まで行っていた)、かつ配送業務を行っていた原告会社はその間相当の人的物的投資をなしていたものであるから、契約関係の安定性が要請され、特に本件の被告会社のような大企業が配送をさせる側である場合には、被告会社において自由に右契約を解約することのできる権利を抑制し、相当の制限を加えるべきものであることが公平の原則ないし信義誠実の原則に照して相当であると考えられるからである。
三、ところで被告は右の点について何らの主張立証をしていないが、原告会社と被告会社間の右の継続的配送契約は昭和四〇年三月頃合意解約されたものであると主張するので以下この点について審案する。
(一)右の合意解約がなされたとの被告の主張に符合する証人小林健太郎及び同中村伸三の証言は原告会社代表者本人尋問の結果に照して措信しがたく他に右を認めるに足る証拠はない。
(二)なお昭和四〇年七月一日に訴外名雪運輸株式会社と原告会社間に被告会社の製品の運送契約が締結されたことは当事者間に争いのない事実であるところ、被告は右の事実を根拠として前記合意解約がなされた旨の主張をしているのでこの点について付言する。
1.前記認定のように訴外名雪運輸株式会社は被告会社と法人格は別個の会社であるけれども、資本のほとんど全てが被告会社の出資で設立された会社であり、またその役員等も被告会社の関係者で占められている会社である。したがって実質的には被告会社東海事業所の運送部と目すべきものであったのである。
2.しかして証人小林健太郎の証言によると昭和三九年四月頃訴外名雪運輸株式会社が設立された頃訴外小林健太郎は原告会社代表者に対して以後は右訴外会社の下請として配送業務をするよう申し入れ、原告会社代表者は右の申し入れを承諾した旨を証言しているが右の供述は原告会社代表者本人尋問の結果に照して措信しがたい。
3.一方原告会社代表者本人尋問の結果によると同人は被告会社東海事業所の支店長川村勉から訴外名雪運輸株式会社が設立された頃右会社は被告会社の配送部である旨を聞いていること、右会社設立後も被告会社から直接配送の指示を受けて配送業務に従事していたこと、但しその料金の請求書(例えば乙第二八号証の一ないし四)を昭和四〇年四月以降は便宜右会社宛に提出していたものであること、以上の事実が認められるのである。
4.しかして被告会社は右訴外会社を人的物的に支配しておりながら、一方において製品の配送業務はすべて右訴外会社の責任であるとして、昭和四一年三月から被告会社の製品のみを輸送できる運送事業免許を有し、かつ多額の費用をかけて運送用トラツクを購入した原告会社に対して、製品の配送をさせなくなったものである。したがって被告会社は原告会社に対する義務を免れるために訴外会社を利用しているものというべく、訴外会社の実質は被告会社の営業であるということができるのであるから、訴外会社の法人格は原告会社において否認することができるものであるといわなければならない。
しかして原告の「実質的な配送契約の当事者は原告会社と被告会社である。」との主張は右の趣旨に解するのが相当である。
四、以上の認定判断によると被告会社は原告会社に対して損害賠償の義務があるものというべきであるから、以下損害額について審案する。
(一)原告は本件継続的配送契約の期間は五年間であるとして被告会社の債務不履行により昭和三九年四月から五年間の原告会社の得べかりし利益の内金五〇〇万円の請求をしている。
しかし右の継続的配送契約は期限の定めないものであったのであるから、被告会社において右の契約を解約するについては、原告会社に対してそのこうむるべき損失のうちの相当額の補償をなすべき義務があったものであることは前記のとおりであり、このように判断した場合においては、被告会社の本訴請求は被告会社の右の不当な解約にもとづく損害賠償請求であると解するのが相当である。
(二)本件についてこれをみるに<証拠>によると、原告会社は被告会社からその製品の配送を中止された時点において耐用期間が二年ないし四年残っているコンテナートラツク一三台を有していたこと、そのトラツクはすべて被告会社の製品の運送用にしか使用できないものであったこと(側面に被告会社のマークがついており断熱材を用いたコンテナートラツクであったこと)、被告会社からその製品の配送を中止されたために折角取得した運送事業(限定)免許が用をなさなくなったこと、原告会社の営業は主として被告会社の製品を運送することであったこと、原告会社が昭和三九年四月から同四〇年二月までの間に本件配送契約で得た利益は別紙第一表のとおり合計金九七二万九、一九八円であったこと、以上の事実が認められ他に右認定に反する証拠はない。
以上の認定事実に原告会社が他の営業に切り替える期間等を考慮すると、原告会社は被告会社の製品の配送業務を、被告会社によって中止(解約)されたことにより昭和四一年三月一日から少くとも一年間は右の配送業務による得べかりし利益を喪失したものというべきである。
そして右の原告会社のこうむった損害は原告会社がその有していたトラツクを順調に稼動させて得た利益とすべきである。
しかして原告代表者本人尋問の結果によると原告会社は昭和三九年四月から同四〇年三月までの期間は比較的順調に本件配送業務をしていたものであることが認められるので、原告会社は少くとも右の期間中に得た利益とほぼ同額の利益(五八一万八、九八八円)を被告会社の右不当な解約によって喪失したものと推認するのが相当である。
五、してみれば被告会社は原告会社に対して右の原告会社のこうむった損害の内金五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四三年一月二九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋爽一郎)